うたちゃん日記

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4.予備校へ

 お歳暮のアルバイトを終えると年越し、お正月を迎える。来年度の身の振りを考えなくてはならない。ここで千葉のおばあちゃんに学費を工面してもらって予備校に行くことにした。京成千葉駅(現在千葉中央駅)近く本千葉の予備校にした。大手予備校ではないが講師がしっかりしていると思ったからだ。志望校の方向性も見えてきた。できれば理系の地理学、それ以外なら上下水道に関わりのある土木工学にしようと考えるようになった。

 

 2浪目での予備校はあまり居心地の良い物ではなかった。1浪目でしっかりとした学力をつけてこなかったからだ。高校時代なら余裕で解けていたような問題も忘れてしまっているではないか。しかしまじめに通い続けてそれなりの学力で秋まで過ごした。予備校時代は、朝抜き、昼は予備校の食堂、夜はおばあちゃんのボリューム満点の食事だった。門限もあって夜6時までに帰らないとおばあちゃんが心配してしまうので夜遊びなんてもってのほかだ。極めてまじめだった。それでも事件は起こった。本屋で立ち読みをしているとおばあちゃんが交番へ通報してしまったのだ。「うちの孫が帰ってきません」と。家に帰ってびっくり、すぐ交番に連絡をしたがほとんど相手にしていないようだった。それからボリューム満点の食事も毎日だと嫌気がさしてくる、ある日からもう食べない宣言をして、全食事を外食にしてしまった。浪人中の不安定な心理で何を考えていたのか今でもわからないのだが、すっかりおばあちゃんの家に住むのさえ嫌になってしまった。そして予備校をそっちのけにして亀戸のマンションへ帰ってしまった。

 

 あれだけまじめに勉強していたのに、また勉強しない状態に戻ってしまった。亀戸の家では父親とは口も聞かず部屋に閉じこもる日々。昼間は家には居づらく街中を歩き回っていた。そして年末、また次の年を決めなくてはいけない時期が来てしまった。そして「とりあえず家を出よう」という決断をした。当時は住み込みの学生の仕事と言ったら新聞店で働くのが普通だったので迷わず新聞店を探した。そして新聞奨学生の資料を取り寄せると、産経新聞が目にとまった。「週休二日制奨学金は学校を途中で辞めても支給。」と言うのがメリットだった。他の新聞社は、休みが取れない、奨学金は卒業しなければ返金しなくてはならないとうのが相場だったから、万が一くじけても大丈夫というのが魅力だった。早速、上野にあった奨学会の案内所へ向かった。