うたちゃん日記

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産まれる前のこと【うたにささげる半生記】

<記述日:2020/11/11>
ここでは、うたちゃんのパパの半生記を記します。

 

私の養父母は、子宝に恵まれず養母は流産したこともあり、実子はあきらめていたようです。昭和の時代は親戚間の養子縁組が多かったようで、私の養父母も、子供のいる親戚に通って次に産まれた子が欲しいと周っていたようです。そんな中で、養父方の祖母と養母方の祖母で話をつけてしまったようで、実父母の次の子を養子にすることになりました。養父方の妹が私の実母になります。

 

最初は、2歳上の兄が養子にされてしまう予定が、可愛くて自分の子を手放せなくなり、次の順番で産まれた私になったと聞いたことがあります。私が産まれて、また子供が欲しくなった実父母は弟を産みました。結局5人兄弟となり、上に兄姉兄、下に弟がいます。

 

実父は、農林水産省の研究者で関東甲信越管内の研究施設をよく転勤しており、鴻巣の職場で知り合った熊谷出身の実母と結婚しました。私が産まれたのはおそらく小諸に職場があった時です。

 

養父は国鉄職員で東京鉄道管理局管内の大宮工場に就職し、分工場である千葉のレールセンター(材修場)に転勤してきた際、ダンス場で千葉出身の養母と知り合い結婚したようです。

 

私が産まれるまで何回も養父母は実父母にお願いの挨拶に来たそうです。産まれると同時に養子縁組しましたが、20歳で返品され、モノじゃないんだからと実母は怒ってました。

 

私の20歳までの記憶も、粗雑に育てられた感が強いです。8歳(小4)頃に親子喧嘩が絶えなく、実子ではなく養子だと告げられました。祖母からは子供が授からないからもらってきたと大事に扱ってくれましたが、養父母は何か喧嘩ごとがあると、子供が多くて育てられない親戚から貰ってきたと、子供の傷つくような表現をします。私の産まれた家についてもずいぶんとひどいこと(子宝貧乏みたいな類)を言いました。

 

そういった気持ちの整理も含めて続けて記していこうと思います。