うたちゃん日記

うたちゃんの日記を中心にお散歩したりしています♪お役立ち情報とか、もうけ話とかはありません♪

養父が亡くなりました

<日付:2019/6/10>
 
本日、午前9時43分に養父が肺炎のためなくなりました。82歳でした。
 
経緯
4月16日早朝、老人施設より、血中酸素濃度が低下して、病院に搬送する旨の連絡。仕事中だったため、施設の職員に救急搬送の付き添いを依頼。
<電話着信時の私の状況>
タクシー乗務中(実車千葉市中央区本町付近で電話着信有り。すぐに対応出来ないので施設で対応してほしいと返信。東金市で乗客降車。すぐ帰庫。すぐ納金日報報告点呼。
<午前6時頃病院へ>
自転車で職場から井上記念病院へ。施設職員と交代。レントゲン撮影が終わった直後、医師が対応を検討中、血中酸素濃度が酸素吸入を行っているにもかかわらず回復せず、当院では、これ以上の対応は出来ないので、大きな総合病院へ転院させる必要があると言われた。決断は今すぐ行わないと、5時間程度で亡くなるので、今すぐ転院する決断をしてとのこと。血中酸素濃度低下で苦しんでいる養父を見て(もがき苦しんでいた)、転院をお願いした。いくつか受け入れ候補から、千葉メディカルセンターに連絡、緊急搬送が決まった。
<午前7時頃転院>
千葉メディカルセンターでは、酸素濃度100%の気体を用いて、血中酸素濃度低下を抑えこんだ。当直の先生からは、やはり5~6時間が山場と言われ、もう体力的に私は限界なので、妻を呼んだ。
 
<回復期>
危篤状態から回復し、4月末頃は、肺炎、心不全、腎不全の症状があるが、回復してきた。養父からの最後の言葉『たいへんだね』を聞いたのは最初で最後。
 
<一進一退期>
ところが、食事の機能回復を目指してゼリー食を始めたところ、誤嚥性肺炎を再発、抗生剤の投与を行うも、耐性菌のため、抗生剤をいくつか変えていたようだ。ここで病状は一進一退で、だんだん抗生剤の影響で、腎臓の機能に問題が出始め、心不全も心配な状況になった。
 
<良くない状況で安定>
対応を変えると何かしら、別の障害が現れ、悪い状況で安定してしまった。当院(千葉メディカルセンター)は緊急病院であるので、出来たら、地域病院に転院してほしいと医師から告げられたので、井上記念病院に戻ることで進めることにした。
 
<6月3日(月)井上記念病院へ転院の打ち合わせに>
井上記念病院担当の方と打ち合わせ、ところがここで、先週の土曜日に大量の下血があり、転院は無理との結論に至りそのように、千葉メディカルセンターに伝えて欲しいと希望した。
同日その後、千葉メディカルセンター医師より病状の説明があり、下血がひどいので,転院は無理ですと説明があった。
 
<輸液点滴量を減らす>
下血の対応のため、出血を減らす点滴に変更するとともに、尿量の低下に合わせて、点滴量を1000mlから500mlに減らした。下血は減って苦しみはへったようだった。それでも、面会に行くと、今まではまぶたでコミュニケーションが取れていたのも、もうろうといている状態が続くことになった。
 
<活動量は徐々に低下>
治療もかなうことも無く、本日午前9時43分検死により死亡確定時刻となった。
 
<葬儀社へ引継>
入院時に葬儀手配会社へ連絡してあったので、スムーズに霊安室へ移動することができた。
 
<各種手続きの準備や連絡>
介護福祉関係、成年後見家庭裁判所への連絡、その他様々な連絡を行った。会社の休みの取れる間にできるだけこなすつもりである。
 
本日養父死亡までの流れでした。