うたちゃん日記

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国鉄急行列車変遷史上信越・高崎線、鉄道ピクトリアルアーカイブセレクション44

<投稿基準日:2021/6/10>

急性膵炎入院後、鉄道本の読み直しや購入に熱心になった。

東京から北陸信越地方の交通史を色々と調べていたところ、本書が復刊したので購入♪

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高崎線については、養父実母の実家が埼玉県熊谷市と言うこともあって、幼少期からなじみがあり、まだ機関車が旧型客車を牽引していた列車があって、ずいぶんと古いのが走っているのだと思っていた。上越新幹線開業に向けて行く度に風景が変わることも興味深く観察していた。実際乗車する列車は急行列車が多く、列車名行き先が多様で面白かった。そんな子供の頃の記憶とともに読んだ本。

 

上野から新潟へ至るルート、初期は日本鉄道(上野~高崎、現在東北本線高崎線)、官設鉄道(高崎~直江津信越本線)、北越鉄道直江津~沼垂、信越本線)で通じているが、中山道幹線のルート選定の経緯で、私鉄がそれぞれに連絡していった変遷に興味が沸く。昭和初期に上越線が鉄道の特性を活かしたルートで建設されだんだんとメインルートになっていく様子も面白い。大正から昭和初期にかけての時代に、幹線輸送は20パーミル以内で建設し電化することで輸送力や速度が向上することへの知見の早さが注目される。

現代の高速鉄道で車両のモーター出力向上で急勾配はある程度克服出来ているが、整備新幹線などは安易に建設費を浮かすために35パーミルまでの急勾配区間が含まれており、せっかく初期の頃の建設は15パーミル以内に収めて、車両費を節約できる仕様だったのに、後から作った部分で急勾配があるから、直通するため厳しい条件に合わせて車両を製作しなくてはならず、非常にもったいない作り方をしている。地図などでぱっとわかる平面線形には例外なく緩いカーブであるのに、曲線と勾配のバランスが悪いように感じる。

話は変わるが、首都圏から北陸へのルートの変遷が、長野経由か長岡経由か?はたまた北越急行経由かと、その後の北陸新幹線の経緯など、土木的見地から正しいのか?政治的に建設しやすいところからなのか、諸説あるだろうから研究したら切りが無い感じである。