うたちゃん日記

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4〜6歳千葉市若葉区加曽利時代【うたにささげる半生記】

<記述日:2020/11/11>

ここでは、うたちゃんのパパの半生記を記します。

 

なぜか千葉駅から遠い加曽利町(加曽利貝塚で有名)に新築を注文住宅で建てる

本千葉駅から徒歩5分の場所が養母の実家で老朽化しているのに建て替えず土地を買って新築。注文住宅である。

・建築主である養父が、轟町にあった千葉レールセンター(材修場)に勤務時代に土地を買ったようである。

・モノレールが来て、便利になると思い込んでいたようだ。(そのモノレールは、桜木駅から千城台方面に向かい、歩いて行けないほど遠いところで開通。)

・バス停すら遠くて20分。そのバスも『満員通過』表示を出して停車しない。その後にタクシーが来ても捕まらないし、毎日タクシーは金銭的にキツイ。

・そもそも千葉レールセンターは、東京局の管轄の大宮工場の分工場なので、転勤可能性のある職場は99%総武線沿線では無い。

・養父も長期出張して対応した新幹線建設では定尺25mレールの時代では無くなっており、在来線でも200mロングレールに移行する時期からして、千葉レールセンターのような狭隘設備に未来など無く、原料となる定尺レールの海上輸送の方が有利な特性もあって、横浜、越中島へ移転している。(JRになってからは、製鉄所でカットしなくても良い出荷方法を模索した。)

・職場が鴨宮、小田原、熱海で官舎が国府津になった時点で気が付けば良いものを、いくら通勤定期代がかからないからと言って、無限に遠距離通勤出来るものでは無い。

・養母も小田原競輪場の勤務を辞めなかった。国鉄職員無料パスと職割で定期代を浮かす算段だったようだが、時間的に通えないことが判明する。

・東京の管理局分割で南局配属になったにもかかわらず、私が3歳の時に建築を実行する。新橋から横浜くらいの職場に転勤出来る見込みだけで。

・家の間取りは一戸建てなのに、車庫上に2階を建築しなくてはならないほど無理のある間取りだった。

・注文住宅で建てたにもかかわらず、家が寒くて欠陥住宅だとか大騒ぎしていた。海沿いの小田原や本千葉界隈と気候が違うことすら理解していない。下が車庫の2階なんて寒いの当たり前だ。

・千葉駅までマイカー通勤も考えたようだが、養父は運転免許証が失効して、2台分の車庫をこしらえたのに、マイカーすらなかった。

 

モバイル環境でエラーが出て追記出来ないので後日追記します